綺麗に死ぬITエンジニア

「議論」は「相手に敬意を持つこと」から始まる

2017-02-08

インターネット上でよく見かける、不毛な口論の数々。それらは、初めは議論をしようという建前で始まったものの、途中から口論・ただの口喧嘩に豹変しています。

議論と口論の違い。

今日は、それらについて思うところがあったので、記事にします。

いつもどおり、この記事は私個人の主観です。

インターネット上の議論と現実世界(リアル)の議論の違い

ネットとリアルの議論の決定的な差。

リアルの議論では、議論が不毛な口論になることはまずありません。不毛な口論になる確率がネット上に比べて低い、といった方が正しいでしょうか。

その原因は、やはりタイトルにもあるとおり、「相手に敬意を持っているか」「相手を尊敬できているか」どうかというところにあると思っています。

もちろん、リアルの議論でも、相手に敬意を持たずに、暴言を吐き、場合によっては議論が中断されるようなことがないわけではないです。テレビなんかで放送するような議論では、時々そういう画を見たりします。

しかし、実際の身の回りの議論の場を見てみると、やはりネット上に比べて圧倒的に少ないですよね。

原因は全て「相手に敬意を持っているか」というところに集約されると思っているのですが、噛み砕いて説明すると、ネット上の議論ではリアルの議論と比べて次のような差があります。

  • 相手のことを知らない
  • 発言に責任を持たない
  • 相手の意見を真摯に理解しようとしない
  • 議題に関係のない中傷・暴言を吐く
  • 「問題提起」と「議論」の区別をしない

もちろん、たとえリアルの議論であっても上の項目に当てはまるような議論は、不毛な口論となりやすいです。

それぞれの項目がなぜいけないのか、説明していきます。

相手のことを知らない

議題とは直接関係のないことですが、相手のことを知るというのは大切なことです。

相手の知識のレベルを知り、相手に合わせたレベルで論じないことには、そもそも議論にすらなり得ません。

そしてすなわちそれは、相手が自分の意見を理解できるように、こちらが努力する必要があるということです。

冷静な議論においては、相手を理解し、自分の意見を理解させる必要があります。

発言に責任を持たない

自分の言ったことには責任を持つことも大事です。

特にネット上などで匿名で議論をする場合、間違った情報を相手に与えても、自分には何の不利益もありません。テキトーな、無責任な発言をし放題な側面があります。

リアルならば「あいつは嘘をつく人間だ!」といった風評が流れることもあるでしょうから、少なからず無責任な発言は皆控えていることでしょう。

人間は間違いを犯す生き物です。間違ったことを言ってしまった場合は、それを謝罪して訂正・撤回することも大事です。それをしようとせず、有意義な議論は不可能でしょう。

相手の意見を真摯に理解しようとしない

自分の意見を相手に理解させる以上、相手の意見も理解する努力をしなければ、それは議論として成り立ちません。

一方的に自分の意見を述べる行為は、とても議論とは呼べません。口論となること間違いなしです。

議題に関係のない中傷・暴言を吐く

いわゆる「人格否定」というやつですね。

言ってしまえば、議論において、あなたのイライラした感情など、どうでもいいのです。

逆に、相手に対しては、議題以外の関係ない部分において、不快な思いをさせないよう努める必要があります。

これが互いに冷静な議論を進める上で必要最低限の礼儀です。

「問題提起」と「議論」の区別をしない

特にネット上で多いのですが、問題提起と議論の区別をしないで他人に突っかかる人。

問題提起は、大体の場合、過激な内容が多いです。特にネット上だと、Twitterなどで議論の発端となる問題提起は過激なものが多く、逆を言えば過激なものでないとSNSで拡散されにくいのです。

この、比較的過激で不特定多数の人に発信された「問題提起」と、人対人で敬意を持って行うべき「議論」を、ごちゃ混ぜにして考えている人が多いように感じます。こちらの記事の人なんかはまさにそうですね。

「問題提起」は不特定多数の人に対して行うものであり、多少のリップサービスや誇大表現も往々にしてあります。暴言のようなものを含むこともあるでしょう。

しかし、いざ「議論」をするとなれば、それはもう不特定多数の人に発信されたものではなく、人対人で有意義に意見を交わしたいということですから、過激すぎる論調で展開してはいけません。

「○○する人はバカ」という問題提起に、「そういうことを言うお前がバカ」などと返していたら、有意義な議論などできるはずもありません。

「問題提起」と「議論」は別ですから、人対人で有意義に意見を交わしたいのなら、問題提起を議題にして、そこから議論が始まるということを認識しましょう。

無視をする勇気と権利

ネット上では、明らかに不毛な口論に発展するであろう挑発的な返答が返ってくることがままあります。

そういう受け答えをする人に対しては、必ずしも反応する必要はありません。反応しても何も得られず、ただただ暴言を浴びるだけになることも往々にしてあるからです。

そして逆に、挑発的な発言を特定の個人1人に対して行うということは、無視をされても仕方ないということを認識しましょう。「あっ、この人とは冷静な議論ができそうもないな」と思われても仕方ないような発言をしたら、そりゃあ返事してくれるわけがありません。

ネット上でのやり取りは原則として、必ずしも返事をする必要はありません。返事する人もいれば、しない人もいます。業務上のやりとりでないのなら、それは別に悪いことではありません。

そんな中で、相手とどうしても有意義な議論をしたいのであれば、やはり相手にも「この人との議論は意味がある」と思わせる必要があるのです。そしてそれが、その議論において、互いに敬意を持つ瞬間になります。

すなわち、「議論」は「相手に敬意を持つこと」から始まるのです。

まとめ

どうもインターネット上になると、必死に相手を論破することだけを考えて、まともに議論をしようとしない人間が多いように感じます。

リアルでもごく稀にそういう人がいますが、ネット上はその比じゃないです。

ちなみに私の経験では、ネット上で暴言を吐いてくる人でも、こちらがきちんと敬意を持って接してみたら、意外といい人だったってパターンが多いです。案外みんな優しい人なんですよね。

「今まで過激に他人に突っかかるようなことをしていた!」という人たち、もしこの記事を見ていましたら、ぜひ騙されたと思って、他人に敬意を持って接してみてください。周りの態度が変わって、幸せになれると思いますよ。

筆者について

「もりやませーた」として活動している、フリーランスエンジニアです。1992年生まれ、神奈川県在住、既婚。

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